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仙台高等裁判所 昭和51年(ラ)40号 決定 1976年10月29日

抗告人

細川久一

右代理人

田中洋平

主文

原決定を取消す。

被申請人吉田浩行に対して別紙目録記載の不動産につきなした別紙記載の仮登記につき、申請人蘇武馨のため昭和五一年六月九日譲渡を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記をなすことを命ずる。裁判費用は原審ならびに抗告審とも被申請人吉田浩行の負担とする。

理由

本件抗告の趣旨および理由は、別紙のとおりである。

よつて考えるに、記録によると、被申請人は別紙目録記載の田(以下単に本件田という。)につき同人名義に登記された別紙記載の仮登記(以下起点たる仮登記という。)を有するものであるが、抗告人の主張によれば、申請人は被申請人から本件田についての起点となる仮登記によつて公示された権利を譲り受け、その権利移転を公示するため右仮登記を起点とする仮登記を求める権利(以下この仮登記の仮登記請求権を本件仮登記請求権と称する。)を有していたものであるところ、さらに抗告人に対し右譲受けた権利を再譲渡したので、抗告人は右譲り受けた権利を公示するため被申請人に仮登記の仮登記申請の承諾を求めたが、被申請人はその承諾を拒絶したので、抗告人は右譲受けた権利を保全するため申請人に代位して同人が被申請人に対して有する本件仮登記請求権にもとづき、被申請人から申請人へ、起点たる仮登記の仮登記をなすべきことを命ずる仮処分命令を求めるというにあるが、右申請に対し、原審裁判所は「債権者(抗告人)提出の疎明資料によるも、代位原因および仮登記原因を認めるに足りる疎明がない」との理由によつて却下決定をしたことは明らかである。

ところで、仮登記仮処分の実体的要件として、本件仮登記請求権発生の原因すなわちその実体的権利変動の事実と、代位原因たる債権存在、の各疎明がなされることを要するところ、本件記録、とくに抗告人提出にかかる本件田の登記簿謄本(疎甲第一号証)、契約書(同第二号証の一)被申請人の印鑑証明書(同第九号証)を総合すると、被申請人は本件田につき昭和四八年二月一三日所有権者角掛元吉との間の売買を原因とする本件起点たる仮登記を経たものであるほか、他の農地六筆(田二筆、畑四筆)、山林一筆・原野三筆の所有権者であるところ、被申請人は訴外有限会社小林土木(以下訴外会社という)に請負わせた養魚池造成および整地工事の資金として約金一、〇〇〇万円位を申請人から融資を受けることとなり、その資金調達の方策として、まず本件田および原野一筆を除く、その余の農地六筆については申請人名義に所有権移転請求権保全仮登記を、また山林原野四筆については所有権移転仮登記をさらに本件田および原野一筆については所有権移転仮登記の譲渡をすることを約し、申請人は以上の土地によつて責任をもつて約金一、〇〇〇万円を調達し、うち金六〇〇万円(前記工事代金概算)は申請人が訴外会社代表者に支払い、残金約四〇〇万円は直接被申請人に支払う旨約束し、昭和五一年六月九日ころ右約旨を骨子とする契約書(疎甲第二号証の一)を作成し、その末尾の被申請人名下には同人の印影が押捺されてあるが、その印影と被申請人の印鑑証明書(疎甲第九号証)の印影とを比較対照すると同一の印章により顕出されたものと認められるから、右契約書は被申請人の意思によつて作成されたものと推認できる。

ところで、抗告人提出の登記簿謄本一〇通(疎甲第一号証、第一〇号証ないし第一九号証)によると、本件田および原野一筆を除くその余の一〇筆の山林・原野・農地は約旨に従つた仮登記がそれぞれなされているが、本件田については、右約旨にもとづく起点たる仮登記につぐ附記登記もしくは仮登記はなされていないことが認められる。

そこで、申請人が右約定の金員を融資したか否かの事実につきみるに、抗告人が当審において提出した疎明資料によると、その後申請人と被申請人間で若干紛糾したが、同年六月一七日両者間に和解が成立し、前記仮登記が申請人のもとに渡されたこと、ならびに申請人から、金額の点ではなお詳らかではないが、相当多額の金額が融資されたことが疎明される。

従つて、仮りに申請人が約定どおりの金員全額を融資せず、残額が未だ履行されていなかつたとしても、被申請人からこれを理由とする前記合意の解約等がなされた形跡のうかがえない本件においては、本件田についても同様に起点たる仮登記によつて公示された実体上の権利、すなわち本件田の所有権移転請求権が被申請人から申請人に、右貸金債権担保のために譲渡された事実が疎明されたものと認めるを相当とする。

ところで、農地の売買による所有権の移転には農地法三条による知事の許可を法定条件とするところ、右条件付の権利の取得者は不動産登記法(以下単に法という)二条二号の仮登記をなすことにより、所有権取得の順位を保全することができ、本件起点たる仮登記もまた法二条二号に該当する仮登記と解すべきである。しかして、右知事の許可を法定条件とする所有権移転請求権は他にこれを譲渡しうること勿論であつて、この権利の譲渡を公示する登記は、一般に当該仮登記に附記登記をなすことによつてなさるべきものと解されている。(最高裁昭和三五年一一月二四日第一小法廷判決民集一四巻一五号二八五三頁登記先例につき昭和三六年一二月二七日民事甲一六〇〇号民事局長通達各参照)

なるほど、右権利の譲受けによつて、権利者は直接所有権者に対し所有権移転の請求をなし得る地位を取得するに至るもので、起点たる仮登記権利者を経て所有権を取得するものではないから、債権譲渡による権利者の交替にも類比さるべきであるから、右附記登記をなすべしとする取扱は、法一三四条の規定にもそう特色があることは否めない。従つてこの見解をとれば仮登記を起点とした仮登記は許されないとの帰結を導びかざるを得ない。

しかし、権利移転の附記登記によるべしといつても、当該の附記登記は所詮仮登記たるの本質を離れるものとはいえないのみならず、理論上本登記たる附記登記があるだけではなく、「仮登記たる附記登記」という概念も認め得られないわけではないまま。ことを形式的に決するならば前記法理に従う以上、仮登記上の権利の移転が実体上認められるとしても、それは手続上仮登記の附記登記により公示すべく、附記登記は本登記であつて仮登記ではないから、法三三条所定の仮登記処分の対象たる仮登記にあたらず、従つて、同条による権利保全は与えないとの論理に帰するであろうが、右の法理が依拠する実質上の根拠は乏しく右附記登記も本質上仮登記であることを否定できない点を考慮すると、右のような権利の保全に差異を設ける合理的な理由はない。本来仮登記を起点とする仮登記は不動産登記法上これを否定すべき理由はなく、また起点たる仮登記が法二条一号の場合には、所有権の移転の登記は主登記による仮登記をもつてし、同条二号の場合は該仮登記の附記登記によるとの登記実務の取扱いは、形式に失するきらいがあつて、両者の間に実質上の径庭は見出し得ないから、本件の場合附記登記によらずして後記のような仮登記の仮登記を許容する支障とはならない。

けだし、農地売買の形式を借りて知事の許可を条件として仮登記をする担保権設定の方法は、通常の場合のいわゆる仮登記担保権と同様の性質を有する仮登記担保権であると解するを相当とし、(東京高裁昭和五〇年一〇月三〇日民事二部判決、判例時報八〇四号四二頁参照)、本件田についての起点となる仮登記上の権利を申請人に対し担保のため譲渡することもまた上記仮登記担保権の設定もしくは移転の場合と解せられる。そうだとすれば、右担保権の公示は取引上もきわめて必要でありかつ重要といえる。この実体上の権利変動を公示する登記は、たんに附記登記のみなし得るに止まるものではなく、起点たる仮登記に次ぎ主登記たる仮登記をもつてするも不動産登記法上何らさまたげとなる理由はなく、また妥当であると解すべきである。従つて本件において被申請人の起点たる仮登記に次いで、申請人を登記権利者とし被申請人を登記義務者とする法二条二号の仮登記、すなわちいわゆる仮登記もまた許容すべきものと解するを相当とする。

そこで、進んで抗告人の代位による登記の請求の許容につき考えるに、本件記録によれば、抗告人は申請人から、本件田についてのみ、仮登記担保権たる性質を有する被申請人名義の起点たる仮登記上の権利をさらに譲受けたものであるとの疎明があつたと認められるから、法四六条の二により、起点たる仮登記に次ぐ仮登記の登記権利者たる申請人に民法四二三条にもとづき代位することのできる請求権を有すること、すなわち代位原因ありと認めるを相当とする。

以上認定のとおりであるから、起点となる仮登記について、申請人を登記権利者、被申請人を登記義務者とし、昭和五一年六月九日譲渡を原因とする所有権移転請求保全の仮登記を求める抗告人の代位による本件仮登記仮処分の申請は理由があるから、これを認容すべきであつて、右申請を却下した原決定は相当でないから民事訴訟法四一四条三八六条によりこれを取消し、なお裁判費用は原審ならびに抗告審とも非訟事件手続法二八条により関係人たる被申請人吉田浩行に負担させることとし、主文のとおり決定する。

(佐藤幸太郎 林田益太郎 武藤冬士巳)

物件目録<省略>

別紙<省略>

【抗告の趣旨】 原決定を取消し更に相当な裁判あらんことを求めます。

【抗告の理由】 一、原決定は却下の理由を仮登記原因の疎明が足りないとして居るが原決定後に於て抗告人は債務者蘇武に代位して相手方に対し本件土地に係る仮登記所有権移転の仮登記に協力すべき旨又抗告人は債務者蘇武に対して仮登記に協力すべき旨各催告したが何れも不履行に終つた。

二、本件の場合仮登記原因としては実体的要件として権利変動があること又形式的要件として仮登記義務者が仮登記申請に協力しないことを疎明すれば足りると抗告人は思料するのであるが(福岡高裁昭和三五、二、二六決定―高裁民集一三巻一号一一〇頁、大阪高裁昭和四〇、五、二五決定―下級民集一六巻五号九〇八頁)右実体的要件は既に提出している疎第一号証の一・二(何れも契約書)並びに新たに提出する新疎第一号証(内容証明郵便)の記載内容、新疎第三号証(証明書―これは柳弥悦の作成に係るものであるが、同人は吉田蘇武間の売買、並びに蘇武・吉田間の売買に付き各仲介の労を執り、右両契約の立会人である)により、又形式的要件は右新疎第一号証を以て何れも一応は疎明できるものと思料する。

若し以上の資料を以てしても不足とされる場合に備えて抗告人は茲に疎明代用用保証の供託若しくは宣誓を申立てる(非訟一〇条、民訴二六七条二項―吉野衛著「注釈不動産登記法総論」五七五頁)

三、又「移転の原因については何等の制限も存しないから例えば譲渡担保による所有権移転の仮登記も許される」(昭和三二、一、一四民事甲第七六号民事局長回答)のであるから相手方と債務者蘇武との間の仮登記所有権移転の契約が担保目的を有するものであろうとも将又真正の売買であろうとも本件申請の仮登記は許容されるべきである。

四、代位して仮登記仮処分を申請すること並びに代位の又代位法律上許されることは無論であるが(吉野前掲書五七二頁、五七八頁)本件の場合代位原因としては実体的要件として権利変動が抗告人と債務者蘇武との間に既に生じていることは既に提出している疎第三号証の一・二、疎第四号証並びに新たに提出する新疎第二号証(内容証明郵便)新疎第三号証(証明書)により一応の疎明に足りるものと思料する。尚債務者蘇武が自らその権利を行使しないことは疎明の要なしと思料するも新たに提出する新疎第一・二号証により疎明する。

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